飯間浩明『小説の言葉尻をとらえてみた』感想。ことばを観察する面白さを感じてほしい一冊

これから、現代小説の中へ、ことば探しの旅に出かけましょう。
このような書き出しで始まる本書。
国語辞典編纂者の飯間浩明さんが2017年に出版した『小説の言葉尻をとらえてみた』です。
小説を読む際にどこに注目していますか?小説の物語(ストーリー)を楽しむのが普通だと思いますが、著者の飯間浩明さんは物語の筋だけでなく、作中で使われる言葉に注目して楽しむと言います。
著名な15作品を取り上げ、飯間さんが作品の世界に入り込んで、登場人物と同じ空間で言葉の採集をしている世界観が面白い作品です。
ことば観察の魅力を感じることができる一冊、飯間浩明『小説の言葉尻をとらえてみた』を紹介します。
著者「飯間浩明」さんについて
飯間浩明さんの肩書きは「国語辞典編纂者」。『三省堂国語辞典』の編集委員としても活動しています。
年末の紅白歌合戦時、リアルタイムで紅白歌手の歌詞にツイートすることで話題にもなり、ご存じの方もいるのではないでしょうか。
Vaundy「怪獣の花唄」はなぜ怪獣なのか、聴いただけでは分かりませんね。「君」に対して「また聞かせてくれ」と言っているので、君がパワフルな怪獣の歌を歌っていたのだろうか、と推察しました。「花唄」も辞書になく、造語なのでしょうね。
— 飯間浩明 (@IIMA_Hiroaki) December 31, 2022
King Gnu「Stardom」の歌詞は難しい漢字が多く使われています。〈草臥れた足〉〈生に涯があったって〉などは難読でしょう。「草臥(くたび)れる」「涯(はて)」です。「涯」は私のパソコンの漢字変換では出てきませんでした。
— 飯間浩明 (@IIMA_Hiroaki) December 31, 2022
本書の感想
本書では、著名な15作品を取り上げ、辞書編纂者の飯間さんの視点からことばの使い方を解説し、ことばの魅力を伝えるものになっています。
飯間さんが作品の世界に入り込んで、登場人物と同じ空間で自分の好きなように行動をして言葉の採集をしている世界観も面白いです。
私の好きな伊坂幸太郎さんの『グラスホッパー』があったので、そこから少し紹介します。『グラスホッパー』は、殺された妻の復讐を考えていた鈴木が奇妙な事件に巻き込まれていく作品です。
殺し屋「鯨」が腹痛に苦しみながら幻覚を見ている際に、物語の語り手の説明が入りますが、そこに飯間さんが解説を入れます。
化粧のほどこされた美人が唇を近づけ、「そうでしょ」とささめいた。
「ささめく」は現代語としてはあまりなじみがなく、〔古語〕として表示する辞書もあるようです。「さざめく」(ざわざわする)とは異なり、「ささやく」とほぼ同じ意味で使われるようです。
この言葉を使う作家は他に少なく、伊坂さんの「死神の精度」や「ゴールデンスランバー」にも「ささめく」は出てくるので、伊坂さんの愛用語なのではないかと飯間さんは考えています。
「これはあれだろ、リンチだろ」
「これはあれだ」の表現も取り上げられています。英訳すると「This is that」となり意味の分からなくなる表現は日本語独特のものらしいです。
日本語では、述語を具体的に言う前に、まず「あれ」と漠然と指しておく語法があります。
- 「今日はあれだよ、振替休日だよ」
- 「君はあれだね、奥ゆかしいね」
「今日は振替休日だよ」「君は奥ゆかしいね」でいいはずが、「あれだよ」(通知)、「あれだね」(確認)と、全体の文型をあらかじめ示しておくもの。伊坂さんはよく使われるのですが、他の作家さんの作品ではあまり見られない表現のようです。
私は伊坂さんの作品を多く読んでいるせいか、この「ささめく」や「これはあれだ」のような表現ををあまり気にも留めなかったのですが、伊坂作品ならではというのを知ることができたのは一つの収穫でした。
このように自分の好きな作家さんが取り上げられていると、ことばの表現方法の特徴を知ることができて良かったです。
本書で取り上げられた15作品
飯間さんが本書で、物語の世界に入り込む作品は以下の15作品です。
- 桐島、部活やめるってよ(朝井リョウ)
- 風が強く吹いている(三浦しをん)
- 残穢(小野不由美)
- オレたちバブル入行組(池井戸潤)
- チッチと子(石田衣良)
- 桜ほうさら(宮部みゆき)
- 横道世之介(吉田修一)
- 猫を抱いて象と泳ぐ(小川洋子)
- マチネの終わりに(平野啓一郎)
- 俺の妹がこんなに可愛いわけがない(伏見つかさ)
- 八日目の蝉(角田光代)
- 阪急電車(有川浩)
- グラスホッパー(伊坂幸太郎)
- ギケイキ 千年の流転(町田康)
- チョコレートコスモス(恩田陸)
読んだことのある小説や好きな作家さんが含まれていれば、より楽しめると思います。
小説が好きな人は読んでほしい
本書を読んであらためて気付かされたのが、私も飯間さんのように多様な言葉表現が好きで小説を読んでいるということでした。
小説を読んでいると、普段の自分なら絶対に使わない・出会わないような、変わった言葉の使われ方に出会うことが多々あります。
現在、辞書に載っていない言葉だから間違いというわけでもなく、言葉は時代に合わせて変化し続けています。言葉尻をとらえて「間違っている」と指摘するのではなく、その変化に柔軟に対応して言葉を楽しんでいけたらいいなと感じます。
小説が好きな人はぜひ読んでみてください。

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