上間陽子『海をあげる』感想。上手く感想を伝えるのが難しいけど思わず涙が出た。
2020年に出版された、上間陽子さんのノンフィクションエッセイ『海をあげる』を読みました。
本書は「Yahoo!ニュース|本屋大賞2021 ノンフィクション本大賞」を受賞しています。
著者の上間さんは、沖縄県内の未成年少女の支援や調査などをされている大学教授で、その分野で著名な方でもあります。私も本書を読む前から、講演会などで上間さんのお話を聞いたことがりました。
本書は、上間さんが娘やご家族との日々を描いたエッセイという面もありますが、沖縄の基地問題や若年層の問題について自身の体験や調査をもとに書かれた内容もあります。
それでは、上間陽子さんの『海をあげる』を紹介します。
著者について
著者の上間陽子さんは、沖縄で生まれ育ち、沖縄の普天間基地の近くでご家族と生活。琉球大学教育学研究科教授で、非行少年少女の支援や調査などを経て、現在は若年出産をした女性の調査をしています。
本書のほか『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』などを出版しています。
※肩書き等は出版時(2020年)の情報になります。
「海をあげる」の内容
『海をあげる』について、筑摩書房のサイトより引用します。
おびやかされる、沖縄での美しく優しい生活。幼い娘を抱えながら、理不尽な暴力に直面してなおその目の光を失わない著者の姿は、連載中から大きな反響を呼んだ。ベストセラー『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』から3年、身体に残った言葉を聞きとるようにして書かれた初めてのエッセイ
親友と夫が不倫関係にあったというご自身の辛いエピソードや、娘さんとの日常、沖縄に住んでいるからこそ感じる基地問題のことなど、12のエピソードが収められています。
- 美味しいごはん
- ふたりの花泥棒
- きれいな水
- ひとりで生きる
- 波の音やら海の音
- 優しいひと
- 三月の子ども
- 何も響かない
- 空を駆ける
- アリエルの王国
- 海をあげる
「海をあげる」感想
初めのエピソード「美味しいごはん」でいきなり衝撃を受けました。
夫が不倫をしていたこと、そしてその相手が自分の大親友だったこと。ここまで赤裸々に自身の辛い話をさらけ出していることに、読みながら何度も胸が締め付けられました。
「ひとりで生きる」では、恋人に援助交際をさせて生活しているホストへインタビューしている様子が描かれます。
インタビューをそのまま書き起こしたような形で描写されているので、話し方などが幼いというか、沖縄の若者らしさがそのまま出ているのがリアル感を出しています。
そのホストの子は、恋人に対して、させてはいけないことをしていたかもしれない。しかし、彼にも彼なりの考えがあって、そういう状況になっていたことを知ると、私たちは一体何がしたらいいのだろうかと虚無感に襲われます。
本屋大賞の受賞も含めて話題になった本作ですが、読了後の受け取り方が沖縄県民と県外の人では違うかもという気もしました。
沖縄県外の人が感じる沖縄のイメージは「海が綺麗」「自然豊か」といったものが多いのかもしれません。だからこそ本書を読むと、沖縄のリアルな側面を知ってショックを受けるのではないでしょうか。
でも、実際に沖縄に生まれ育っている私からすると、作品内で書かれていることは、知ってはいるけど目を逸らしたくなるような事実であり、あらためて気づかされて絶望感すら覚えることもありました。
最後のエピソード「海をあげる」。
上間さんは東京で暮らしていたとき、軍用機の爆音が聞こえないことに驚いたようです。沖縄に住んでいると(特に米軍基地近隣)米軍機の爆音は日常茶飯事です。
米軍基地が身近にあることでの苛立ちを県外の方に理解してもらうのは難しいと思い、上間さんは黙り込むようになったそうです。
1995年沖縄で、米兵によるセンセーショナルな事件があり、そのことに対する沖縄県民総決起大会がありました。
大会が終わった頃、上間さんは東京の大学教員に言われた下記の言葉に衝撃を受けます。
「すごいね、沖縄。抗議集会に行けばよかった」「怒りのパワーを感じにその会場にいたかった」
それから折に触れて、あのとき私はなんと言えばよかったのかと考えた。私が言うべきだった言葉は、ならば、あなたの暮らす東京で抗議集会をやれ、である。沖縄に基地を押しつけているのは誰なのか。三人の米兵に強姦された女の子に詫びなくてはならない加害者のひとりは誰なのか。
沖縄の問題に関心を寄せつつも他人事のような発言をすること自体、日本と沖縄の対等では無い関係を表していると上間さんは感じています。
本書のタイトル『海をあげる』の意味を最後に知ることができます。
私は静かな部屋でこれを読んでいるあなたにあげる。私は電車でこれを読んでいるあなたにあげる。私は川のほとりでこれを読んでいるあなたにあげる。
この海をひとりで抱えることはもうできない。だからあなたに、海をあげる。
おわりに
上間陽子さんの『海をあげる』の感想を書きましたが、この作品の感想を書くのはとても悩みました。
読んでいると自分自身の感情がぐちゃぐちゃになるようで、上手く感想を伝えられるんだろうという思いでした。
本書内で描かれる沖縄の米軍基地問題などは、簡単に解決に向けた答えを出せるようなものではなく、白黒はっきりさせにくいものだと私は感じます。
心が締め付けられるような気持ちになるのでオススメしにくいのですが、本書を読むことでリアルな沖縄を感じることや、新たな気づきを得ることができる作品になっています。
筑摩書房の「海をあげる」特設ページから、本書に収められた2つの話を試し読みすることができるので、少しでも気になった人はぜひチェックしてみてください。
読書好きな私の「小説10選」記事もぜひご覧ください。